|
古賀議員の学歴詐称問題が、マスコミを賑わせている。実は、ぼくも、学歴詐称だと言われたことがある。慶応義塾大学医学部中退と書かれたためである。
私立武蔵高校を卒業するとき、東京大学と慶応義塾しか、受験しなかった。いわば受験に狂っていたようなものだった。受験地獄などというのは、実際にやったことのない人の台詞だろう。他に楽しみを知らずに、それだけに打ち込んでいれば、受験は楽しいのである。当時のぼくは、それだけが生き甲斐だった。暴走族がバイクのハンドルにかじりつくのと同じような心理で、勉強机にかじりついていたのだ。
武蔵高校は、麻布、開成と並んで、私立の御三家と言われる受験校だった。校内の国立大学を想定した八課目の模擬試験では、全校二番になった。
面接に行った東大は、陰気な感じで印象が良くなかった。そこで慶応義塾に入学した。
そのころ兄の手術が行なわれ、全快する見通しが立った。ぼくが医者にならなければならない理由もなくなった。よくよく考えてみれば、医者になりたいと考えたこともなければ、医者になれる能力もない。入学試験というのは、頭の良さとは関係がない。虚仮の一念を貫いた人間だけが合格する仕組みになっている。だが、医学部へ入学することと、医者になれるかどうかは別問題だろう。
ぼくは、大学へ行くときは、マージャンの面子を揃えるときくらいのもので、他の時間は、ハワイアンのバンドに熱中しているか、オートバイに乗っているか、小説を書いているかで、もう勉強はこりごりという気分だった。目が覚めてみれば、高校三年間を受験のためドブへ捨てたようなものだと気づいた。
やがて、慶応を追い出された。プロ作家になる前、中退と書いたところ、年配の編集者に言われた。中退と称するには、すくなくとも半分のカリキュラムを消化していないとダメだというのである。そこで、それ以後は、放校と書くようにしていたのだが、いくらなんでも、放校とは穏やかでないと、編集者が気をきかせて、中退という経歴に直してしまうケースがある。一度だけ、そのことが問題にされたのである。
あるところで、放校と書いたところ、編集者が気をきかせて、慶応義塾に問い合わせてくれた。慶応では、放校という用語は用いていないという。その場合は、退学と書くのが正しいというアドバイスを頂いたらしい。
ここ二年ばかりは、そのアドバイスに従って、退学と書いている。自分から中退と名乗ったことは、プロ作家になってから、一度もないつもりである。
退学になったおかげで、こういう類の用語には詳しくなった。学費滞納のケースは、ふつう除籍と呼んでいる。卒論を提出せずに四年を終えて、社会に出たケースでは、なになに大学なになに学部終了と書けば、詐称には当たらないらしい。
古賀議員も、終了と書いておけば、これほど問題にならなかったろう。
あれから、もう四十年以上になるが、ぼくなりに、ひとつだけ守っているケジメがある。東京大学の悪口は、なんども書いたことがある。入学試験には合格したが、自分の選択として入学しなかった大学だから、いくらでも悪口を言う権利がある。だが、ぼくは、慶応義塾の悪口は一度も言ったことがない。追い出された大学だから、悪口を言うというのでは、人間として情けない。ぼくの美意識に合わないからだ。
四十年ほど作家業をやってきたが、学歴など問題にならない実力だけの世界だったから、こだわったことがない。しかし、大学教授になってみて、学歴を意識させられることが多くなったものの、感覚としては以前と変わってはいない。
小説家をやったおかげで、いろいろな会合に引っ張りだされる機会が少なくなかった。どんな偉い先生でも、どんなに権力のある官僚でも、こちらは対等に付き合えた。これまで、学歴や肩書や地位で、人を評価したことはない。能力と人柄で評価してきたつもりである。
浜田へ来てからも、この方針は変わっていない。学歴や地位で他人を判断しないから、多くの知人、友人にも恵まれたのだろう。
|