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石見へ来てから四年。県立大学も第一期生が、卒業を迎える。その話題は、来月にまわすことにして、今回は四年を振り返って、カー・バイク・ライフの総括を書くことにしよう。
十八歳のころバイクに乗りはじめ、車バイク大好き人間で、通してきた。バイクのツーリングで回ったのはもちろん、車でドライブした土地も、日本全国にわたっている。
アメリカへ行くときも、かならずレンタカーを借りたものである。
石見へ来て、戸惑ったのは、関東地方と運転のマナーが違った点である。大げさに言えば、文化の相違といってもいい。
もちろん、各地で運転のマナーは、微妙に異なる。伊予の早曲がりと言われるが、松山へいくと、交差点の右折の対向車が、信号が変わったとたんに、曲がってくる。余所者は直進優先だと思っているから、びっくりするのだが、当地では普通のことらしい。
また、名古屋の鶴舞交差点など、なぜ渋滞しているのか、さっぱり判らない。車線はたくさんあるし、東京のような運転をすれば、渋滞など起こらない。だが、名古屋の人は、信号が変わってから、ゆっくり動きだすのだ。ほとんどアクセルを開けないから、のろのろとしか車列は動きださない。つまり一回の信号あたり僅かしか車が通過しないから、渋滞が発生してしまうのである。東京のように渋滞が切実でないから、それで済んでいるのだろう。
浜田へ来て、びっくりした運転のカルチャーショックが、二つある。ひとつは、町中の運転のとき、前の車と車間距離を大げさに開けることだ。町中ならスピードが出ていないから、適当に車間距離を取っていれば、追突の危険はないはずだ。はじめ、安全運転のため、不必要なくらい車間距離を取っているのだろうと思った。ところが、そうではないらしい。渋滞しないから、急いで出る必要がないため、ゆっくりのんびりしているらしい。
その浜田の車が、郊外の国道に出ると、東京から来た人間には、頭にきているとしか思えない運転に変わる。ここが恐ろしい。ほとんど車間距離を取らないのである。国道9号線などを走っていると、後続車のヘッドライトが見えないことがある。ぴったり、くっついてくるから、ヘッドライトさえも、バックミラーに写らないのだ。
もし、ぼくがブレーキを踏んだら、確実に追突されるのだから、気が気でない。はじめ、暴走族にからまれたのだろうと思ったのだが、石見地方では、べつだん例外ではない運転マナーらしい。追い越していくのを、横目で見ると、ドライバーは、温厚そうな中年の紳士だったりする。
なぜ車間距離を取らないのか、さっぱり判らない。前に、そういう車が走っているのを見ると、車間距離がゼロに近いから、ひっきりなしにブレーキを踏んでいる。車間距離さえ保っていれば、アクセルワークだけで、加減できるはずだ。たぶん、スリルを楽しんでいるのか、ガソリンの消費に貢献したいのかだろう。
もうひとつの謎は、交差点で右折の車が、小さく曲がる点である。バイパスのほうから、大学へ向かうT字路を右折するケースを考えてもらいたい。東京の車なら、いったん直進して突き当たるまえに、右へ曲がる。つまり大回りするのである。だが、浜田の車は、右側の角ぎりぎりに小回りで右折するのである。大学のほうから、左折車が来ると、正面衝突しそうな勢いで、小さく曲がるのである。停止線の位置の問題かとも思った。あの交差点の停止線は、かなり手前に引かれている。そこで停止しても、左右から車が来るかどうか見えないから、さらに3メートルほど前に出て、もういっぺん確認しないといけない。ところが、浜田の車は、停止線をスタートするときには、もう右折のハンドルを切りはじめている。必然的に曲がるときは、右側の歩道の角ぎりぎりを通る。左折の車とすれちがえないくらい、小回りになってしまうのだ。
大学のほうから下りてきて、左折しようと思い、右折車と正面衝突しそうになったことが、なんどもある。
この交差点にかぎらない。右折車が小回りで曲がってくるのは、石見では日常的なことだ。今では、こっちがブレーキを踏んで、衝突を避けるようになったが、はじめは怖かった。
余所者が、余計な分析をするようだが、石見人は、せっかちなのだろう。そのせいとしか思えない。
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