千客万来

豊田 有恒


 このところ、野原町にある大学の教員宿舎、つまり浜田における我が家は、来客で賑わっている。
 「田舎暮らしの本」の取材がやってきた。ぼくの浜田ライフを取材したいというわけだ。ライターの松尾さんは、以前からの知り合いで、東京の我が家の年末キムチパーティーの常連だった。
 そこで、我が家を基地として、取材に取りかかる。これまで、マスコミの取材は、たいてい勝手に受けていた。出る杭は打たれるという諺があるが、ぼくの経歴が変わっているため、妙な誤解を受けたくなかったから、大学側には、たいてい黙っていた。
 今回は、大学の授業風景や、研究室なども取材したいというのである。大学の許可をもらわないといけない。妙な横槍がはいりそうな気配だったので、学長にお願いしてみたら、さっそくOKをいただけた。鶴の一声というわけだろう。
 「田舎暮らしの本」は、宝島社から出ている雑誌である。ぼくのため七、八ページも割いてくれるという。そこで、地域を通じて知り合った人々にも、ご登場ねがうことになった。お魚センターの山本さん、大森銀山のブラハウスの松場さんなども、取材することになった。また、家での宴会の模様も、撮影された。地元の方々と、同僚の教員との歓談という設定で、声をかけてみると、皆さん喜んで集まってくださった。これは、社交好きな家内の人徳による部分が少なくない。
 さて、その次の週は、キャリア養成講座の講師の遠藤昌宏さんが、やってきた。以前から、遊びに行きたいと言っていたのだが、それなら大学で講演してくれというような話になった。
 奥さんも連れて、遊びがてらという予定だったが、あいにく奥さんが来られなくなり、講演のためだけに来てくれることになた。遠藤さんは、旅先のタイで、おたがい家族旅行しているとき知り合った。以後、家族ぐるみで付き合ってきたが、特に年末のキムチの漬け込みのときは、有力な戦力なのである。三十年以上もIBMジャパンに勤め、今は悠々自適で、年間ニ十回も国内、海外へ旅行しているという身分なのだ。
 遠藤さんには、異文化ビジネス・コミュニケーションという題で話してもらった。長年、外国人の上司や同僚と過ごしてきた体験をもとにして、学生に話してもらうことは、今後の国際化の時代へむけて、おおいに意義のあることだろう。
 我が家に泊まってもらい、また友人をあつめて酒盛りになった。
 空港への送りがてら津和野など案内してあげると、奥さんを連れてまた来るから、いわば下見に来たようなものだと言い残して、遠藤さんは、帰っていった。
 次には、カメラマンの高砂さんが、我が家を訪れた。奥さんが、家内の友人である。前から浜田の海の幸を味わってみたいということだった。これには、わけがある。
 高砂淳二さんが、海洋カメラマンだからである。ハワイを拠点に、ナイトレインボーの写真を撮りつづけ、何度も個展をやったり、写真集を出したりした人である。ハワイの海の幸は満喫したようだが、浜田が魚のおいしい土地だというと、ぜひ行きたいということになった。
 これに山本さんが、一枚くわわった。ついでに山本水産の商品カタログを撮影してほしいという。映画の「七人の侍」の条件じゃないが、有名カメラマンが腹一杯くわせるという条件で、撮影してくれることになった。もちろん腹一杯は海の幸である。
 撮影が終わった蟹やノドグロや、いろいろな魚が、その場で大勢の胃袋に納まる。われわれ夫婦と高砂さん一家だけでは、とうてい食べきれないから、また人を招いて酒盛りになる。
 近所をあちこち案内したり、温泉に連れていったり、最後は蛍を見せて締めくくった。
高砂さんの六年生のお嬢さんも、すっかり浜田を満喫してくれた。
というわけで、今回の原稿が遅れたのである。
 こっちも、しばしのんびりして、次の来訪者に備えなければならない。息子夫婦、娘夫婦に孫三人が、七月末に来襲する。一年ぶりにビーチパラソルを点検したところだ。



トップ
一覧