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年度末になると忙しい。大学教授歴も、もう五年である。つまり浜田生活が五年になるということである。どうやら、毎年のペースがつかめかけてきた。
なぜ忙しいかというと、学生のレポートに目を通さなければならないからだ。今年は、特に履修した学生が多かった。ひとつは、「文章表現」これは、ぼくのホームグラウンドのような課目だ。
作家になったのも、もともと文学青年の素質があったからではなく、単なるSFファンとして、SF小説を書き出したのが、きっかけだった。当時、文章が下手で、鬼編集長にいつも怒鳴られていた。文学の素養があり、人並みに文章力のある仲間が、羨ましかった時期もあった。だが、アイデアの発想力では負けないと、密かに自負していたから、作家として四十年もやって来られたのだろう。そのあいだに、それなりに自分の文章力が身についてくるものだ。
文章で苦労したことがあるから、他人に教えられるのだ。ちょうど、名選手だった人、名力士だった関取が、監督や親方としては、かならずしも成功しないのと、同じようなものだろう。自分に天分が備わっている人には、他人が苦しんでいる点が分かりにくいのだ。弁解になるが、作家として文章力で苦しんだことがあるから、文章を書くうえで、どんな点に注意すればいいか、自分の問題として判るのだ。
ともあれ、毎年のことだが、レポートを読むのが大変だ。大変という意味は、嫌だという意味ではない。かつて、SF雑誌でアマチュアのショート・ショートの選者を、三年ほど続けたことがある。毎月、四、五十編の作品を読まなければならない。大変なのだが、良い作品に出会ったりすると、すっかり嬉しくなる。そのかわり、批評する価値もないような作品が、七、八編も続いたりしようものなら、放り出したくなる。
レポートも、これと同じである。
「文章表現」の課題レポートは、毎年ことなるが、今年は、「東アジア共同体の可能性を論ぜよ」である。一見、文章表現という授業に相応しくない課題のように思えるらしい。学生から、何度か質問を受けた。レポート、論文の書き方という時間も設けて授業を進めてきた。これは、いかに説得力のある文章を書けるかというのが、採点の基準になっている課題だ。したがって、可能性があると書いたから正解、ないと書いたから誤りといった判断はしない。インターネットの引写しのような解答は、点数が低くなる。いかに説得力のある文章で、自分の考え、主張、分析などを、訴えられるかが、採点のポイントである。
履修者の登録は、百九十二名となっている。この数字のなかには、放棄した学生も含まれているから、実際には、数字そのままではないが、大量のレポートが殺到する。
もうひとつの授業は、「日本地域文化論」、こちらは百名ちょっとで、課題は「南蛮文化が日本に与えた影響を論ぜよ」。授業でも九州のところで、南蛮文化に触れているが、授業内容そのままでなくてもいい。これまた、学生の考え、意見、主張などを、書いてもらいたいと説明した。
これにゼミ生の成績判断も加えると、三百近いレポートを読むことになる。
ようやく成績表を提出し、今期の作業を終える。今年は、ゼミの学生が、旅行に行こうと言いだした。意外に津和野、萩へ行ったことのある学生が少ないので、目的地も決まった。
大学のバスを借りての旅行である。一応は課外授業として届けてある。津和野では、昨年のNEAR大学講座で話した「カタカナ語と西周」について、萩では、維新史についてなど、授業の真似事のようなこともしたが、一年つきあった学生たちとも、一応は最後ということになる。大いに語らったり、食べたりということになった。
三月の卒業式が終われば、今年度の一区切りになる。
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