古代史を塗りかえる大発見を・・・

  豊田 有恒

 島根県にやってくることになって、あれこれ、やりたいことが浮かんできた。ツーリングのアイデアも、その一つだが、行く先のほうも、リストアップしてみた。ほとんどが、古代遺跡なのだが、まだ実行に至っていない場所も少なくない。大学教授ともなると、研究もしなければいけない。作家の癖で、あるとき取材に行くと言ったところ、親しい教授から、こっそり教えられた。そういうときは、新聞記者ではないのだから、調査に行くと言うべきだという。
 有名な荒神谷、加茂岩倉の二大遺跡には、複数回でかけてみたのだが、これは、由々しき大発見である。第一、これまでの古代史のパラダイムが、引っくりかえるような出来事なのだ。これまで、大和イコール銅鐸文化圏、九州イコール銅剣銅矛文化圏という決まりになっていた。だが、今後は、大和を銅鐸文化圏とは呼ばせない。出雲こそ銅鐸文化圏なのである。大和は、さしずめ銅鏡文化圏とでも呼ぶべきだろう。また、今後は、九州も銅剣文化圏とは呼ばせない。銅矛文化圏だけで、我慢してもらうことにしよう。
 実は、島根県民の意識調査のつもりで、県都松江からひとり、浜田からひとり、代表として取り上げて、質問をぶつけてみた。ところが、イベントプロモーターをやっている松江の友人は、ほとんど関心を示してくれない。この友人は、博識で交際の広い人間だが、埋蔵文化財には、興味がなかったようだ。浜田では、NPO運動などをやっているオピニオンリーダーの女性に、質問を向けてみたのだが、まったく関心を示さなかった。問題が、石見地方のことではなく、出雲地方のことだからかもしれないが、残念な感じがしたものだ。
 考古学のパラダイムが、変わるくらいの大発見が、県下に行なわれたというのに、いかにも無関心なのだ。ところが、昨年の夏、東京で山陰中央新報が開いた古代史シンポジウムには、九段会館があふれるような千二百人の観衆が詰めかけている。
 東京で、荒神谷や加茂岩倉について、喋ったり書いたりすると、いずれも好評だった。
 縁あって島根県に来たのだから、PRにも協力しているつもりなのだが、いかにも県民の関心が低すぎるのだ。
 もっとも、石見地方には、それなりの言い分もあるだろう。出雲地方との格差の問題がある。現在の問題も少なくないが、古代史の世界でも確かに不公平である。出雲には、日本唯一の風土記完本が残っているが、石見に関しては柿本人麿の赴任の記事が、たった一つだけ、別な文献に引用されているだけで、風土記の他の記事すらまったく現存しない。出雲大社、荒神谷、加茂岩倉など、いずれも出雲地方で発見されている。
 しかし、石見神楽に見られるように、郷土の文化財に関心がない土地柄とは思えない。
 ひそかに期待していることがある。近い将来、弥生遺跡でもいいが、縄文のほうが可能性が高いだろう、ともかく、なにかエポックメーキングな遺跡が、石見地方のどこかで発見されることである。そうなれば、県内の東西格差の解消に役に立つだろう。
 夢のような話になるが、石見地方のどこかで、重大な遺跡が発見される日がくることを祈るしかないようだ。

トップ
一覧