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先月につづいて、韓国。学生の随行教員として、慶北大学校、慶道大学と訪問したわけだが、おおいに収穫があった。学生たちは、偏見なく韓国を楽しんでいる。これは、70年代に韓国を訪れはじめたぼくの世代には、考えられないような状況だ。
邪馬台国に関する小説を書くためには、九州や大和だけ取材していたのでは、充分でない。そこで、韓国へも足を運ぶようになったのだが、予定にない風景が、目に入ってくる。ソウルの可楽洞[カラクドン]遺跡と言えば、邪馬台国に関連する帯方郡に比定される場所である。だが、現在いっても、なにもない。遺跡よりも、可楽洞市場のほうが、はるかに強烈な印象になった。なにしろ、高さ3メートル、幅、奥行それぞれ10メートルの巨大な白菜の山が築かれている。これ全てキムチ用なのだ。
当時、日本では、韓国に興味を持ってはいけなかった。あんな独裁政権の国へは、行ってはいけないというマスコミのタブーが存在した。特に、ぼくのような小説家にとっては、韓国へ行くだけで、致命的なイメージダウンになるとされた。その一方で、北朝鮮は、「地上の楽園」として、美化されて報道されていた。
古代史でない韓国が、視野に入ってきた。そうなると、口はばったいようだが、韓国全般に興味を向けることになる。同じ先生から韓国語を習った黒田勝弘さんに言わせると、そう思いはじめたときは、韓国病にかった証拠なのだという。
当時、ぼくはカーマニアだった。発売になったばかりのクラウン・ハードトップは、そのころ5ナンバー・フルサイズ車では、最初のツードア・スポーツタイプだった。道で見かけたとたんに、出版社でもらった印税を持ったまま、ディーラーに駆け込み、注文してしまった。家に帰ると、長男を妊娠中だったワイフが、印税はどうしたと、問いかけてくる。車に化けたと答えたら、わっと泣きだした。持ってきた預金通帳には5万円しか入っていなかった。出産の費用は、どうするんだと怒りだす。こっちも済まないと思うから、出版社を駆けずり回って、仕事を引きうけたり、前借りしたりしたものだった。そんなカーマニアのぼくだから、韓国の車が、目に入った。
現代ポニーという車が、実にかっこいいのだ。外貨の節約のため、せめてタクシー需要だけでも、国産車でまかなうという方針で、しぶしぶ政府が許可したものだという。韓国は、モータリゼーションには、ほど遠い状態だった。だが、ポニーは、デザインがよかった。ハッチバックのボディーは、スーパーカーのデザインで有名なイタル・デザイン社のジョルジエット・ジウジアーロが担当したという。
運転してみると、乗り心地はよくないが、走る、止まる、曲がるという基本的な性能は満たしている。
当時、韓国語もかなり話せるようになっていたから、問題の現代自動車をはじめ、あちこち興味のおもむくままに取材してみた。その結果、韓国が、日本のマスコミで報道されているのとは違うことが、判ってきた。北朝鮮という超独裁国家が北に控えているため、韓国も強権政治に走らなければならないが、制限つきながら、日本と同じ自由主義の国だと定義できた。そこで、止せばいいのに、冒険心を出して、「韓国の挑戦」という本を書いてしまった。もちろん、韓国の自動車産業の将来性についても一章をさいた。このときの反響が、すさまじかった。脅迫電話、無言電話が殺到し、まるで非国民のように言われた。朴政権から買収されているという捏造は、まだしも品の良いほうで、ソウルに隠し女がいるのだろうとデマを飛ばされ、家庭争議になりかけた。
つまり、韓国にプラスの評価を与える人間は、徹底的に葬り去ろうというマスコミの意思のようなものを、ぼくは肌で感じ取ったのだ。
現在、韓国は、世界6位の自動車生産国である。それみろ、25年前ぼくが言ったとおりだと、威張らせてもらう権利があるだろう。
大邱のユニバーシアード大会の応援では、韓国の実力が発揮された。北朝鮮のような一糸乱れぬマスゲームでないところが、韓国の自由を雄弁に物語っている。対する北の美女軍団は、ひところ話題にはなったが、そのロボットのような行動が、多くの韓国人の同胞意識に、水をさす結果になった。韓国・北朝鮮のチームの入場に際しては、一糸乱れぬ応援を行なうのだが、日本やアメリカの入場では、その一角だけが静まりかえっていて不気味だった。命じられて、そう振る舞っていることが、はっきり判る。また、横断幕の金正日の写真が、雨に濡れると叫び立て、猛烈に抗議した際の美女軍団は、あまりにも人間ばなれしていた。狂信者でなければ、点数稼ぎのために、そうしているだけだ。
今日、県大生たちは、韓国の実情と、北朝鮮の正体とを、はっきり見極めている。これだけでも、異文化体験の収穫になったにちがいない。
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